オンライン Panama 放浪生活176  ’87 KIbbutz Gesher 
Party is over
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    この写真は2019年1月2日夜。

    そろそろ終わるこのイベント。

    Boqueteからパナマシティへ。

    そしてロン達はアメリカに帰る。

    次の日に。

    次の日?

    そう午前0時以降の明日。

    朝3時の飛行機らしい。


    BoqueteからDavidそして飛行機でパナマシティ

    パナマ運河見学の後ペルー料理

    それはロンのリクエスト。

    ピスコサワーに赤ワイン

    海岸沿い散歩。

    スパーで又酒買いJorgeの家へ。

    飲んだ。

    酔っ払った。

    寝た。

    多分一番早く寝た。

    朝起きたらロン達は居なかった。

    俺は普通に二日酔い。









    1987年 3月 Jerusalem




    もう3月くらいかな?

    もうキブツの生活には慣れた。

    好きだ。

    予想以上に良い。

    しかし単調。

    そんな或る日南アRonelleKirstyが「Jerusalemに行こう。」言い出した。

    彼女等は南アフリカの白人

    その当時はネルソン・マンデラ以前の南アフリカ

    アパルトヘイトの時代。


    20歳位でも身体は大きく突っ張っていた彼女等2人。

    見た目には迫力満点、でも優しい女性であった。


    ベルギーのラファエルはこの旅行を一番に否定した。

    そりゃあそうだ。

    野郎はその前の年もここキブツに居た出戻り。

    俺等はイスラエルに来てまだ1ヶ月。

    テルアビブで1日過ごしただけで何処にも出かけてない。

    それに俺はやはり都会生活が好き。

    当然参加だ。

    オランダ人のヤンも参加。

    楽しくなってきた。

    彼は身体がデカい、そして本当の紳士。


    それから1つ問題が。

    Celeste、彼女も参加。

    彼女も南ア人

    しかし有色系。

    良く分からないが黒人ではなかった。

    インドネシア人みたいな外見。

    南アでは学校もバス、又レストランやホテルも別

    それに恐ろしく地味な性格。

    だけどRonelle達は彼女に気を使って親切だった


    自分も静かで地味な性格な彼女に優しく接した。

    俺のアジアの有色だ

    ただ彼女と距離を置くようになるまでにはそう時間は要らない。

    一人で寂しそうだから「いつでも俺等の部屋に来る様に。」彼女に言ってた。

    Celesteも遠慮無く来る様になる。

    一時期俺は彼女と同じ職場だったし。

    Gardeningの仕事。


    彼女はなんか知らないけどカセットテープ持って来て俺等の部屋で音楽聞いてた。

    俺は解らなかったが仏人のマリが俺に告げる。

    「彼女の聞いてる音楽知ってる?」

    俺は「わかんない。」

    そして彼女「教会の音楽だよ。」

    謎が解けた。

    なぜこの女性はイスラエルに来たのか

    キリスト教

    それ以来、宗教アレルギーの俺は彼女との接触は止めた。

    当然他の人達もキモがり出した。

    当たり前。


    彼女の事があまりわからない俺等は彼女含め5人でバスに乗る。

    そしてJerusalemへ向うのであった。


    次は初めてのJerusalemについて。


    このからダサいアフィリエイト貼ります。

    ごめんなさい。

    シカトして下さい。

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