オンライン Panama 放浪生活158  ’87 Orly空港
Chame
  • 

    Panamaに3日目も午後

    とても意味のある幸せな時間。

    朝早く目が覚めて、朝日見た。

    そして朝飯食らう。

    みんなで食らう。

    この日の朝はサルバドールの朝飯。

    サルバドールの女性がダチの子供達の世話して働いてるから。

    俺がリクエストした。

    2017年に行ったホンジュラスを思い出すから。

    似たような物食うと想像もしてた。

    俺はこの地域の食い物や人間性がピッタシ。

    ずっと住み続けたい所。


    朝飯後少し寝た。

    時差14時間の違いもあるし朝日見るため早く起きた。

    朝飯も美味いからたくさん食った。

    なら寝る。


    昼からはBBQ

    Sophieサルバドール人のお手伝いさんRosaに俺で火を起こす。

    Sophieは俺のダチJorgeの女房で韓国女性


    少し海に浸かる。

    腹減らせる。

    全く腹減ってない。


    食い物の傍にハエが集ってくる。

    これならスポーツ。

    ハエを叩き殺す。

    たくさん殺す。

    出来るだけ殺す。

    ハエを殺すのは心痛まない。


    俺は午後はずっとワイン呑んで海に時々浸かる。

    日射病防止の頭に巻いてた豆絞り無くした。

    気が付いたらなかった。

    波に拐われた。

    気に入ってたのに。

    パナマの海なら許す。









    1987年 1月の終わり頃 パリ




    速攻でやった。

    準備完了。

    我ながら良く出来た。

    行くぜ、イスラエル

    夢が有った。

    不安や不満はなかった。


    この日の夜、俺がパリに戻ってるの聞きつけて皆集まった。

    女性も2人来た。

    どうやって集まって来たかはわからない。


    最後はその女性の内の一人の部屋に行った。

    俺一人で行ったのではない。

    飲みに集まった連中皆で行った。

    金持ちの韓国系の女性。


    夜もフケた。

    楽しいと時間がすぎる感覚無い。

    だから俺の時間は速く過ぎ去り、もうジジイ。


    戻る家も無いしこのままOrlyに行こう。

    そう言えばこの空港、初めてパリに舞い降りて以来使用してない。

    普通の国際線はシャルル・ド・ゴール

    安い危なそうな飛行機だけオルリー空港。

    俺にはどっちでも良い。

    安けりゃ文句無し。


    中半端に飲むの切り上げて寝ても起きれないかもしれない。

    余計に辛いだけだし。

    ならせめてギリギリ迄呑んで空港に向かう。


    馬鹿な話に花が咲き、もう出発時間前。

    皆と別れて出発。

    この時に居た連中、あまり覚えていない。

    4人は確実にわかる。

    今はもうどうでも良い。


    多分タクシーかメトロで向かった。

    空港にだ。


    気付いた。

    飛行機の切符がない。

    ヤバい。

    さっき迄いた女性の家でもない。


    「あっ、その前に寄った焼肉屋T。」

    シマッた

    戻るしか無い。

    朝早い時間。

    しかしパリならこの時間コンシェルジュは起きてるはず。

    だけどサンラザールの焼肉屋コンシェルジュのババアは俺を嫌ってる。

    煩いポルトガルの中年女。

    以前、夜中に焼肉屋に泊まって店の酒呑んで大騒ぎ。

    何回もやった。

    そいつの旦那はチュニジア人。


    サンラザール駅近くのその店行き、ドアを叩いた

    おばさん出て来た。

    パリのコンシェルジュの朝は早い

    良かった。

    幸い、機嫌悪そうでのない。

    それでも、まだココに航空券が有るかは確かではない。

    探す。


    理由話したらオバサンも一緒に一生懸命に探してくれた。

    旦那まで起こして。

    旦那も探してくれたが、流石にチュニジア人

    「お前なんでイスラエルになど行くんだ?」と不思議そう。

    チュニジアは当時、比較的イスラエルとは揉めてはいなかったが。


    券見つかった


    確かに日本人のダチでズッと世話になっていたGも最後まで一緒に居たと思う。


    嬉しかった


    何が嬉しかったか?

    それは、それ以前までは俺を嫌っていたオバ様が一生懸命に切符探してくれた事

    そして見つかった時も一緒に凄く嬉しそうだった事。

    この切符なけれなイスラエルには行けない。

    旦那のチュニジア人も「イスラエル?」と怪訝そうな顔しながら探してくれたし。


    1983年の1月からこの辺彷徨いて顔見知りではあった。

    挨拶する程度、その他はいつも怒られてた、文句ばかりだったオバ様

    夜中に何回も酒盛りして大騒ぎで迷惑かけたオバサン


    気さくな旦那はまだしも、そのオバサンと初めて心が通じたと実感した

    それがなんかとても気持ちが良かった。

    今思い返しても気持ち良い。


    余談だが2016年夏にパリに行った時オバサン見かけた。

    そのサンラザール辺り。

    俺の事は解らなかったみたいだが焼肉屋で騒いでたのは覚えてた。




    一応アフィリエイト貼ります。

    どうでも良い物なのでどうぞシカトして下さい。


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