北京時代の学校の仲間
色々とためになった北京留学
  • 2005年~2006年

    右下

    2005年~2006年

    2004年3月、初めて中国に行った。目的は気功の武術習得。行き先は北京。雑誌に載ってた心意拳の達人に習う企画に参加。


    沢山の人が参加すると楽しみにしてたのだが、参加したのは私1人。企画がマニアック過ぎて誰も参加しないのか?


    それでも達人から1対1で習えるのも魅力的だった。1日目の夜ははガイドの女生徒食事。2日目からは修業開始。秘密主義で拳と練ってる姿を人に見せない武術が何処で練習するのかと思ってたが、練習場はホテルの部屋。武術の通訳も又別の女性。


    5日間、毎日8時間位の修業で観光等全く出来なかったが、食事とかで外に出た時の北京の街も人も凄く素晴らしく感じた。2008年のオリンピックに向けてあちらこちらで工事、工事、工事。戦争みたい。

    ベンツやフェラーリも走ってるが驢馬もテクテク歩いてる。そんな街の雰囲気が一発で大好きになった。


    半年後又行った。心意拳の修業だが最後の日は時間を空けておいて通訳の女性と故宮を訪れた。その2回目の時に「北京に1年留学してマンダリンを勉強しよう。」と決心した。ワクワクしていた。


    そして2005年の9月初旬に、予めネットで調べたおいた学校に入学の為北京に渡った。写真はその時の仲間達。男性の。


    1年間勉強して週末は心意拳のの修業のはずが、学校に真面目に通ったのは3か月程。週末の修業は三里屯(北京の六本木みたいな所)での夜遊びナンパ、二日酔いに変わった。


    後半は学校行かず。中国各地の旅行。正解である。語学は詰め込んで覚えても意味がない。学校のテストとは違う。


    学校での勉強や武術の修業よりもっと大切な物を得た気がする。


    言葉はその後一生付き合うつもりで取り組むのだ。


    学校での共通語は英語。英語話せなきゃ仲間は出来ない。毎日仲間達と英語も悪くない。日本人は3人位居て、又日本語話せるアメリカ人やイタリア人も数人居た。


    最初の頃は同じクラスの人達との付き合いが多かったが、後半は学校の全員が仲間。北京では珍しいレゲーのtogether barも学校の傍に出来たので。週末はそこで皆でバーベキュー。


    最初は毎日が物凄く長く感じたが、1年なんて速攻で過ぎ去った。私をはじめ何人かは次の年も北京に残った。2016年の時点でもまだ住んでる奴等も居る。


    私は2010年迄北京に滞在して、2010年~2011年は上海に住んだ。日本に戻ってからも毎年北京には今も訪れる。友達に会いに行くのだ。中国人の友達も北京在住の外国人の友達も。

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