チャリの旅 シナイ半島へ
出発前に
  • 疲れた

    左から私 ラファエル ヤン。写真撮ったのはマリ

    出発前に1回泊まりでレバノン国境近く迄4人で実戦特訓。


    何所に行ってもみんなジロジロ、背の高い金髪のオランダ人ヤン、小柄でカーリーヘアーのユダヤ系のベルギー人ラファエル、私達より少し年上のフランス人女性マリに東洋人の私。確か泊まった所は工事中の建てかけのビル、朝には工事の人達が現れましたが、不思議そうに我々を見 て笑ってるだけでした。 

     

    出発迄に体調整えながらも私は痛めた左膝休ませ違う訓練。元々体力は自身が有りましたが初めて痛めた膝どうにもなりません。

     

    冒険旅行に興味が無い訳では無いが、イスラエルに来た目的は冒険ではありませんし、その頃は海外生活5年目でパリ、バルセロナ、ダブリンなどで夜に遊びまわる暮らし、なるべく少ない時間働き必要な金を作り、空いてる時間は出来るだけ遊ぶ、遊びこそが自然に言葉学ぶ最高の学習だからです。

     

    親の金で留学とかしている様な愚か者どもは、毎日ダラダラ学校行き家に帰って又机に向かう、くだらない日本式の受験勉強の様な物の繰り返し。そんなのオナニーと同じ。わざわざ海外出なくても日本でやれば良い、生きた言葉など習得できません。それでは現地で友達も出来なければ彼女も出来ない、それこそ本当にオナニーになってしまいます。 

     

    80年代の素敵な生活から20年以上経って、北京で40代半ばから中国語学びましたが方法は遊びです。机に向かうのは最小限、初めに基本を理解するまでです。その後は家でチマチマ勉強は時間の無駄、まだ現地でテレビを見てる方が良い。若いのならテレビなど見ずに外に出る、家は1度出たら寝るまで帰ってはならな いのです。

     

    冒険の話に戻りますが、当時パリなどで出会った男達で日本から自転車で来たとか、アフリカやインド帰りなど、話聞いても興味は沸きませんでした。都会の夜の小奇麗な遊び人に汗臭い事など似合わないと。


    キブツもかなり前から存在は知っていましたが誰にも守られずに生きていく都会の暮らしは最高です。ところがキ ブツで生活始めて今度はどういう訳か自転車の旅、他の3人に比べ私には熱い物はありませんでした。早くその旅終えてレスリーやローウエン、ブラジル人の仲間達と飲みたいと。それに私が居なければ、英語圏系のグループと他のヨーロッパ人達、それにアルゼンチン人やブラジル人のグループを上手く纏められないはずだと。

     

    この旅の為にわざわざキブツに来てる真面目なヤンにはやる気の無さを見られない様にしてましたが、他のみんなは私のダラダラとしたやる気無さは知っていました。

     

    そんな事言ってるうちに出発。走り出してやはり左膝が痛み出し私はみんなの1番後ろでお荷物。ヤンは兵役での軍隊訓練から真面目に鍛え出し、ラファイエルもブリュッセルで体操に本格的に取り組み、彼等は私やイギリス人達の様に酒びたりの生活はしません。私は痛い膝抱えて女性のマリーよりも遅く。 

     

    それでも走って慣れていくうちに左膝の痛みはなくなりました。彼等2人の話だと今迄あまりしてなかった動作で痛めた関節はその動作を続けてるうちに痛みがなくなると。痛くなくなったらこっちの物もう全速でいつも列の1番前、ヤンは心配して「あまり無理するなと。」走り出したら風が気持ち良く、熱い太陽の陽射しも足の筋肉の軽い疲労も全部が最高の心地に。

     

    その日から毎日100キロを走行、5月と言っても気温は昼は40度以上。砂漠地帯なら軽く50度超え大量の水を無理やりに絶え間無く飲み、大量に汗をかき、取る水分の多さから汗だけでは間に合わない為小便も1時間に1回位。軍事訓練受けてるヤンや前の年1年間も同じキブツで過ごし、やはり同じ様に砂漠地帯を放浪したラファエルの話だと無理してでも水分を摂取しないと日射病や熱病に直ぐなると。 

     

    水はイスラエルなら行く先々にあるキブツや公園の水道の蛇口から、エジプトではその他諸々の旅行者と同じくミネラルウオーターを購入。食事は1日4回やはり行く先々に在るキブツや市場でみんなで購入。アボカド、ナツメヤシ、バナナ、ゆで卵、チーズにピタなど。毎回満腹になるまでかなりの量を。朝起きたらまず大量にエネルギー 補給 

     

    寝るところは道から少し外れた砂漠地帯や、比較的北なら壊れかけた無人の小屋で、自転車にそれぞれ積んで走っている寝袋で寝ます。


    夜は星が素晴らしくきれいでしたし、明かり代わりの小さな焚き火が幻想的。確か2日目の夜には聖書に出てくるジャリコで空き地にある壊れた小屋で寝ました。私にとってジャリコは聖書での名前は知っていましたが、それよりその頃ヒットしていたシンプリーレッドの曲の印象の方が強いですね。そしてここはパレスチナ人の居住地区です。

    汚らしい空き地なので野良犬に囲まれましたが火を焚いたら寄って来ませんでした。

     走る道はキブツを出発してからずっとヨルダンとの国境の1本道、南に向かっているので左側はヨルダン川でその向こうの高台にはヨルダンの国境警備隊が銃を持って見えます。砂漠に作った舗装された道路ですれ違う車両はイスラエル軍関係ばかりです。

      

    その内死海に到着、浮きます。でも10分以上浸かるのは身体に良くないとの事です。顔も水面に着けては駄目、目が焼けます。死海の周りにはその季節は蚊が多く、街の蚊とは違いタフな蚊です。体中刺されまくりましたが、死海に浸かれば痒みも赤く腫れた後も全く無くなります。水は透明です。生き物はコケさえもありま せん。だから死海です。


     これからこの死海から高地のエルサレム迄限りなく登りが続くのです。私は絶対的な自慢の体力と慣れてきた自転車との付き合い方で絶好調、しかしマリーはバテ気味。1日目のみんなのお荷物の私からはかなりの変わり様。もう先頭走らなければ気がすまないアホ名性格丸出しです。 


    ここクリックは死海の画像 


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