キブツの生活
Kibbutz Gesher
  • Adriana

    写真はキブツの夜 毎日キャンプファイアー

    キブツと言うよりイスラエルでユダヤ教徒はシャバットと言って基本的に土曜が休みです。日曜から金曜迄働き、でも金曜は昼飯取って早めに終了。金曜の日暮れから土曜の日暮れまでシャバットで安息の日。


    キブツの金曜の夕食は少し良い服着て食事もいつもより豪華、シャバットワインも付きます。あまり美味しいワインではない ですが、酒好きな人はこの機会逃さずがぶ飲みするのです。

     

    食事後は誰かの部屋で飲むか、外で焚き火囲んで飲んだり又は近くの町にくり出したりです。人懐こいブラジルのグループが来てからは一緒に飲んで盛り上がり楽しみも増しました。  


    時には近場の別のキブツからもボランティアの人達が遊びに来たり、時にはこちらから遊びに行ったり。

     

    町に出る時は行く所も決まっていてティベリアと言う小さなガリラア湖(クリックはwikipedia ガリラヤ湖)が在る所で、その畔にビッグベンと言うパブが有りました。


    ロンドンで良く見かける様なパブですが、それでも気候が違いますからみんな外のテラスで飲んでます。私はキブツの田舎暮らしに退屈していて1週間に1回は必ず誰かと遊びに行ってました。やはりその辺りのキブツに来ている様々な国のボランティアもそこに飲みに来るのです。そんなもんでそこで知り合った他のキブツのボランティア達とお互いのキブツを行き来して酔っ払ったり、何所のキブツに良い女が居ると聞くと会いに行ったりナンパしたりです。

     

    ティベリアの町は小さく、中心部は歩いても10分位です。バスで行くのですが最終も早く、酔っ払って最終バス逃したら自力でキブツに戻るしかありません。小さな町を出たらキブツ迄はほとんど何もありません。しかも真っ暗で、道路はヨルダン国境のに沿って続いている危ない地帯。ヒッチなどしても車さえも走っていません。それでも何回か自力で戻った事は有ります。国境パトロールの軍のジープに拾われたり、又は偶然同じキブツのメンバーが運転する車だったりです。

     

    1回イギリス人の若い男と酔っ払いバスに乗り遅れ歩いたり、ヒッチしたりでキブツに戻ってる途中、その時まだ明るくヨルダン川近くの水辺で誰かが身内のパーティーをしてました。勿論バーべキューとかで酒や御馳走も沢山。私は彼に合図して柵乗り越えて進入して、シュワラマやファラフェルを自分で作りパクつき、関係者面して食しました。当然直ぐばれて、主催者みたいな老紳士が「その食べ物はあげるから、直ちに此処から出て行ってくれ。」 当時のイスラエルのしかも小さな所に東洋人など居るわけ無いので、関係の無い人間なのは誰でもわかります。

     

    我々のキブツのボランティアのボスのレスリーとは良くティベリアに飲みに行きました。彼はバーミングアムの出身でイギリス海軍にも以前は所属して、サッカーでもバーミングアムのプロチームの選手、しかし膝の怪我で引退したとの事。どちらの足かは覚えてませんが、いつも引きずって歩いていました。彼も周りのキブツでも顔が広く、ティべリアや近場のキブツではみんな彼の事知っていました。その内私もかなり有名になりました。

     

    キブツにも慣れてボランティアの仲間やユダヤ系ブラジル人グループ達とも毎日愉快に過ごしている内に、同室のオランダ人ヤンもそろそろキブツを離れる時期に。彼は自転車を持って来ていて、キブツ出る時に自転車でイスラエルを南下してシナイ半島抜けて、そしてカイロやアレキサンドリアを通り、最終的にはアムステルダム迄帰る予定を私達に告げました。それを聞いたラファイエルは私に「ヤンと一緒に自転車の旅をしよう。」と。その時フランス人女性のマリもそこに居て、彼女も一緒に行きたいとの事。その日から訓練開始。 

     

    ヤンは兵役の時に自身の体力が劣ってるのに気付き、それから自転車で体を鍛え出したそうです。私は体力はかなり自信有りました、しかし自転車は永いこと触れてなかったので、初めての遠出の実戦訓練の時膝を痛めてしまいました。それ以外は誰にも劣って無いので自分なりに毎日何かしら鍛えていたような記憶があります。

     

    キブツの裏にベルヴォアーという名のあまり高くない山があったので、休みの土曜にはイギリス人のローウェン達と良くハイキングに行きました。山頂にあるアルメニア人経営してるキヨスクと小屋を併せたような店で飲むビールは最高でした。アルメニア人はキリスト教徒ですから休みは日曜土曜は仕事です。

     

    ローウェンはユダヤ系でロンドン出身の紳士で頭の良い男。彼とはその後一緒に旅行したり凄く仲良くなり、お互いイスラエルはなれても連絡取り合ってました。又しばしば仕事後ヤンと自転車でその山に登りもしました。なぜなら死海からエルサレム迄はかなりの距離の登りが続きます。訓練です。

     

    我々に自転車の計画もボランティアの管理責任者のマイアーに告げ、どうしたのか全く憶えてませんが自転車もマリ、ラファイエルと私の3台調達しました。キブツの若い人間はみんなこの無謀な計画を知ってたはずです。でも不思議な事に何所から3台自転車が出て来たのか?全く覚えていません。   

      

    私と一番仲良しだったローウェンは一緒に行かないので、私が居ない時はかなり退屈だったはずです。   

     

    どういう訳か飲みに行く仲間はイギリス人、オーストラリア人、南ア人。酒にあまり関係無い活動を共にするのはヨーロッパ人達、これはその後違うキブツに移ってからも同じです。


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