1987年冬 Paris オペラ通り
Kibbutz
  • Kibbutz Gesher facebookの画像で実際この人等は知らない人達

    キブツの生活

    そして話は戻って87年真冬、パリ オペラ通り。


    パリに戻ってもパッとしないから腐っている時、キブツが頭をよぎりました。

    「そうだ イスラエルだ。」シシリー、マルタ、アンダルシア、モロッコと地中海のアラブに縁のある土地回った後、パリでオペラ通りふらついている時テルアビブやエルサレムのポスターが目に飛び込んで来ました。

     

    日本出て直ぐの頃からキブツの存在を聞いた事がありました。その頃はさほど興味も無く、パリやロンドンはカッコいいと自分で勝手に決めていましたが、もう日本離れ5年、自分なりにも変わってきてるのはわかりました。

    そうだ今こそイスラエルだと、しかもキブツなら滞在可能だ。



     そう感じたらボケーとなどしてる時間は無い、即行動です。もう何処に有ったか忘れましたがイスラエル観光局へ行き、キブツに行くには何したら良いのか尋ね、教えてもらったとおりオブジェクティーフ・キブツと言う場所へ。その後指定されたユダヤ人のクリニックで身体検査。最後にパリ~テルアビブの1年オープンのエルアルの航空券購入。

     


    朝まで飲んでそのまま機上へ。前の仲間達や11月にナポリに発つ前に遊んでた奴等はもういません。それでも数人の焼肉屋の同僚が旅立ちを祝ってくれました。


     真冬のテルアビブは然程寒くは感じません。意外と小奇麗でおしゃれな所、やはり地中海の街です。パリで指定された宿へ到着、どうやってたどり着いたかは忘れましたがキブツに行く若者がイスラエルに着いて、とりあえず滞在する宿でした。適当にテルアビブの街をふらつき、何人かのフランス人と知り合いファラフェルを一緒に食べました。  

     


    彼らとはその夜だけ、次の日はみんな別々にそれぞれのキブツへ散って行きます。テルアビブのキブツの事務所で行き先と行き方を告げられ、1人バスに乗り継ぎ向かいました。その後1年間は何回もそのテルアビブの停車場には来る事になるのですが。


     地中海の街から離れると丘や山などの風景、北へ向かっている為砂漠ではありません。標識はヘブライ語にアラブ語そして英語。途中軍隊の女性が私の隣に座りました。当時日本人いやアジア人は珍しいのかチョコレートをくれて、下車する前に家の電話番号も私にくれました。



    アフラという乗り換えの街に着いたときはすでに空は暗く、そして目的地に着いた時の感想は「俺はここで何をしてるんだ、何しにここへ来たんだ。」



     家畜の臭いだけで何も無いド田舎。キブツの前にある畑の向こうはヨルダンとの国境で、トゲ付き鉄線が張り廻らされ。入り口はまず門があり見張りの兵士が居ました。兵士に自分はボランティアで来た事を告げ、夕食の時間だったので暗くなっていた敷地無いを歩きダイニングホールに。そこでボランティアの面倒見る担当の男マイアーと握手して食事するように指示されました。


     誰がボランティアで誰がキブツのメンバーか良くわからないから、1人で座り食事しているとエッティという女性が「こっちへ来て一緒に食べる様に」と。


    彼女達のテーブルはキブツの人間ではなくギャリンという又違ったプログラムで、兵役前に勉強を終了してないので週半分キブツで働き、週半分はそれぞれ学校へ。多分 大学や専門分野だったはず。歳は20代前半で、みんな親切でしたが日本人などまず来ないので興味ありげ。ちなみにキブツのメンバーはキブツニックと呼びます。

     


    食事後自分の部屋へ。コスタリカの男でギリシャから流れてきたハビエーが同室。他に南アフリカ白人女性でカースティとロネル、オランダのアムステルダムからの男ヤンと名前忘れたがもう1人オランダ人、アメリカ人ジェフ、ベルギー女性エマニエル、フランス女性マリ、もう1人南アの有色人種の女性セレステ。それに ボランティアのボス的存在で英国人のレスリー、女性の名前に多いが男性である。


     冬場であり規模のあまり大きくないキブツの為、ボランティアは少なめです。その夜はマドンと言うキブツ内の若者の社交場でビデオを見て寝ました。

     


    2日目は同室のハビエーと色々なビザなどの手続き。パスポートや貴重品を預けたり、奴も私と同じ日に着いらしく一緒に行動。なんか4分の1日本人の血だとか。自分にはどうでも良いからあまり気にかけませんでした。なぜなら奴はたった3週間の滞在、直ぐ居なくなります。


    ボランティアの貴重品を預かる女性はニコル、彼女はフランスのユダヤ人。フランス語は此処でも役に立ちます。

     冬と言っても夜は勿論寒いですが、昼は気温上がり青い空に乾いた風、周りの緑豊かな丘そしてゴラン高原傍の自然、緊張した危険地帯とはわかってましたが天国のようでした。


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