仲間達 真冬バルセロナので眠り
1986~87年 バルセロナ
  • ディナーの後

    80年代半ば 服や髪型もダサい

    左からマルコ、後ろフランシス、右ドン。 真ん中の女性は2人ともアナ、 写真を撮ったのはモンツェラットと言うカタラン語の名前の女性で、アパートも精神科医だった彼女のアパート。 マルコはイタリア人、フランシスがアイルランド、ドンはアメリカのシカゴ。 女性は皆スペイン人と言うよりカタルニア人。 



    旅の疲れと美味しい食事にワインと又プラスアルファで10分位眠ってしまった。 


    私の記憶が正しければ、皆それぞれ冬のバカンスをモロッコとか思い思いの場所で過ごし、バルセロナに戻って最初の金曜だった思う。 



    1992年のオリンピック前のバルセロナは外国語、特に英語の先生が世界の英語圏から集まっていた。 



    当時の私はスペイン語がとても下手。ましてカタラン語は全く分からないが、レストランのメニューとかはスペイン語よりカタラン語の方が理解出来た。 なぜならフランス語にも似てるからである。 



    バルセロナは元々カタルニアの首都であったがフランコ政権の時代はカタラン語は禁止。 その反発で皆カタラン語を誇りに思っていて所謂スペイン語は話さない。 



    バルセロナで普通のスペイン語であるカステリアーノを話すのはカタルニア以外の土地から来た人達。 当然今はバルセロナもスペインの一部なので、地元の人々は100%スペイン語のカステリアーノは話せるが、先ずカフェでも店でもどこでもカタラン語で話しかけられる。私の様にどう見てもスペインの人間には見えなくても。



     道の標識は先にカタラン語そして下にカステリアーノ。 通りの名前や住所にメトロの駅の名前も全部カタラン。 



    逆にカタラン語を話せる外国人は大人気である。 しかし、たとえば知らずにカフェ等に入り、覚えたばかりのカタラン語で挨拶して注文してもカフェの経営者が違う地方の出身者なら赤っ恥。 バカ丸出しである。



     カタラン語話したければカフェの看板など良く見て何処の料理なのか確認する事をお勧めする。 私はバルセロナと誇り高きカタルニア人はなんだかんだ言っても大好きである。


     日本人がスペインと言うと想像するフラメンコや闘牛は同じスペインでもアンダルシア地方の物でバルセロナは全然関係無く闘牛反対派が大多数な街なのでくれぐれもお間違いなく。


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