オンライン 中国語46 放浪生活18 シャルルロワ
ベルギー

  • 女性と男性のバッグの違い。

    学校、旅行、運動、買い物、ビーチへ行くのに男は同じカバン。

    女性は上の写真の様に色々変わる。

    バカバカしい。


    1982年の夏の終わり、9月頃。

    ParisとAmsterdamを何回も往復してた時、Brusselsにも寄った。

    ココは芋のフライが名物。

    マヨネーズを付けて食べる。

    ブリュッセル駅ではホットドッグも売っていた。

    アメリカのそれとは違う。

    ソーセージとシュークルートが入ってる。

    アメリカのそれより栄養バランスが良い。


    ブリュッセル歩いている時「そうだCharleroiに知り合い居る。行ってみよう。」

    そう閃いた。

    その年の1月1日Parisの和食屋に来てくれたベルギーに住む踊りの先生。

    日本人女性。

    あの先生はCharleroiに住んでいるから行ってみよう。


    突然連絡もしないで行ったら大迷惑。

    当時の自分にはそんな感覚は無い。

    名刺くれたから逆に行かねければ申し訳ない。

    そう思っていた。

     

    行ってみたらCharleroiはパッとしない所だった。

    フランス語圏だというのが少なくとも良かった事。

    寂れた工業地帯。

    移民の街。

    貧乏臭い。


    街でイタリア人の若者が話しかけてきた。

    身体はデカいが少年だ。

    14〜15歳だった。

    どうも空手に興味を持っているみたいだ。

    自分は時間は有り余っていたからソイツとスパーリング。

    靴を履いたまま蹴り合う。

    相手のケリをブロックする時に足に痣が出来る。

    そんなのはガキの頃から毎日学校でやってる事。

    痛くも痒くもない。

    その年のワールドカップはイタリアの優勝だったのでその少年はそれを誇っていた。


    そのイタリアの悪ガキと道で毎日蹴りあった以外に何も無い所。

    中華料理とギリシャ料理にイタリア料理屋が数件有った。

    その女性は踊りの先生でバレーの服や靴などの店も経営していた。


    そして何故かボディービルの大会も見た。

    その先生の友達が出場したから。

    先生もビルダーのパートナーをつとめてポージング。


    別の友達がカフェ・バーを始めたのでそのパーティーにも行った。

    やはりイタリア移民の空手の先生。

    イタリア移民はその街に本当に沢山居た。


    踊りの先生は毎日忙しいので昼はギリシャ料理等で一人飯。

    Parisでも当初はサン・ミッシェル辺りのギリシャ料理屋に良く行ったもんだ。

    安く手頃。

    それなりに旨いし量も多い。


    結局いつまでも先生の所に世話になってるわけにも行かず、Brusselsに戻って行った。

    話は前後するが次回はParisでモーリス達との再会。

    そしてその後のParisでの生活だ。


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