Road to nowhere
on the road '87
  • road to nowhere 

    by David Byrne for the 1985 Talking Heads album Little Creatures

    

    1985年は価値ありの1年をDublinでで過ごした。

    その翌年はParisでダラダラとバイト。

    否、バイトだけでなく真面目に生きていた。

    久しぶりに運動の楽しさ実感した。


    87年は又違うことやりたい。

    ParisやDublinでの生活は好きだ。だが灼熱の太陽を忘れかけている。

    なら南に向かおう。

    アフリカに行きたいんだ。


    情報のないその頃。

    ネットもウィキペディアも無く新しい情報は得にくい。

    アフリカの黒人女性が美しいと感じてた。

    今でもその感覚は変わらない。

    だからアフリカだ。

    黒人女性は美しい。

    芸術だ。


    色々事情有り、87年1月終わりからイスラエルのキブツでお世話になっていた。

    前にも書いたがキブツのルームメイトのヤンとラファイエルそして仏女性のマリ。

    シナイ半島にチャリの2週間の旅に出た。

    5月の半ば頃の事か。


    5月のイスラエルはもうかなり暑い。

    初めて体験する暑さ。

    そんな中チャリ漕いで、地獄だ。

    行きたくなかった。

    しかし大ボラ吹いたから行かないわけには。


    初めは嫌々だったが、ネゲーブ砂漠辺りから快調になった。

    砂漠の軍用ロード。

    確かに軍関係の車しか通らない。

    砂漠は昼間45℃から50℃になる。

    バンダナ巻サングラス、水を沢山飲み走る。

    砂漠の長い一本道。

    他に何も無い。

    熱風に煽られながらも心地よく感じていた。


    歌を歌うほどだ。

    歌うたうと言うより叫ぶ、ただ叫びまくる。

    ストーンズの曲やこのブログのタイトル「road to nowhere」

    叫んで歌えば身体に不思議な力が湧いてくる。


    特にオランダ人のヤンがこの曲好きだった。

    そんな事覚えてる。

    背の高いヤンの隣を走り、一緒に歌い叫んでた。

    あの一瞬がいつも思い出される、今でも。

    今は全く違った生活を彼もしているのだろう。

    アムステルダムに居るのかな?

    奴を別れて2~3年後に手紙もらって、嬉しかったの覚えてる。


    その時5月の若く熱い魂。

    特にヤンはその先のシナイ半島の先端で俺等から離れて更にエジプトに深く一人で入り込む。

    ヤンとの別れる前の一時を、奴と一緒にいられる少なくなった時間を楽しんでいたのだ。

    ヤンが離れた後、3人になった俺達は雰囲気も変わった。


    今日このダサい文を東京で書いてるのも5月、5月の終わり。

    熱く暑く若く強烈だったあの時の5月。

    毎年、5月になるとあの時の5月を思い出す。

    今の5月、あの時の5月の様に強烈に生きているのかなと。


    又違った形で熱く生きていきたい。そうし続けたい。


    自分が毎回海外に行く時利用する格安航空券とホテルの予約サイトのアフィリエイト貼ります。

    ダサいですがまあまあ安いので利用してみて下さい。


    【Skypicker】

美食 健康 旅行

蕎庵 卯のや
2017.04.15
Gastronomie

蕎麦料理を落ち着いた雰囲気で

大通り裏に潜む是非外国人に紹介したい蕎麦レストラン

柯细女(店ではありません。友人の紹介です。)
2017.04.09
日本で頑張ってる外国人

四国と湖北省

小柯

Isel
2017.04.05
日本で頑張ってる外国人

ペルーのリマ出身 Isel Bustamante

I'm Isel Bustamante

ネス外国語会話 水道橋校
2017.04.03
仏語

安いだけじゃない。講師の質が高いか...

ネス外国語会話

Manabiba International school
2017.03.31
語学

そだつちからxそだてるちから

Manabibaまなびば