オンライン スペイン語36 ストレスと情熱
仕事
  • 興味無い事の為に懸命に働くのはストレスと言う。

    好きな物の為に一生懸命働くのは情熱と言う。

    興味の無い労働は時間や血を売ってるのと同じ事。

    しかし長くフラフラして何もしないと労働が嬉しくなる。

    少しの時間だけ。

    1983年1月Paris。

    その前の年の9月で和食屋バイト辞めた。もう嫌で耐えられなかった。自分は爆発寸前。

    考えて見ればParisに来てから自分の1年近く生活はずっと和食屋のバイトだけ。

    休みは週1。Parisもロクに見てない。街もフラついていない。

    一番のストレスの原因はフランス語。上達してないどころか学ぶ機会も無し。

    自分はParisでいったい何をやっているのか?和食屋で日本人達と働く。東京に居るのと同じ。

    金の為とは言え、やりたい事も出来ない。フランスでやって行くには仏語という武器が必要。

    その武器を毎日磨けなければ本当に何してるんだか解らない。

    毎日考えた。取り敢えず旅行。そしてParisで学校だ。金無いからバイトも半日する。短い時間。

    せっかくヨーロッパに来たのに旅行もしてない。クリスマス休みにAmsterdamに行っただけ。

    中々辞めさせてもらえなかったがどうにか辞めた。そして又Amsterdamに。

    あのドローンとした雰囲気が好きだった。それは今でも好きだ。

    Paris戻って今度はスペイン。Madrid。子供の時から気になっていた国。

    丁度ワールドカップは1982年にスペインで開催されていた。

    その後又Paris戻って今度はイタリア。ローマやベニス。

    帰りたくないから帰りのバスはシカト。

    そのままスイスを経由して又Amsterdam。

    今は知らないが当時は26歳未満の若者向けの安い切符が有った。Trans Alpinoという切符。

    切符は安いが自分の不注意でかなりのヘマ。路線のルートは西ドイツを経由でAmsterdam。

    スイスは通らない。その区間は含まれないのだ。だからその分払わされた。普通料金。

    AmsterdamのTrans Alpinoの事務所に文句を言いに行った。相手にされるわけも無い。自分のミス。

    Amsterdamで男女混合のドミトリーで数日滞在。

    暇な時はカンフー映画で時間を潰す。オランダ語は勿論解らない。当時は英語も駄目。

    自分は当時東洋の田舎から出てきたばかりのダサいガキだった。

    ブリュッセル経由でParisに戻る。この路線は17歳何回も往復している。その後も往復する事にもなる。

    Parisに戻った。もう寒くなりかけていた。サンジェルマン・デ・プレ近くのrue Mabillon。

    其処に有った安いドミトリーに落ち着く。近くに学食ありコントロールは甘い(学生書提示の)。

    だから其処で滞在。何もしない生活。色々な国の人間が滞在していて凄く貴重な体験。

    彼女も出来かけた。フランス語に英語も毎日話す様になる。下らない事毎日ダベってるだけだ。

    それでもフランス語の習得にはもって来い。

    1ヶ月位そこで滞在。しかし其処は夏だけやってるドミトリー。10月の終わりには閉まる。

    そこでそのドミトリーの上の階に部屋を借りた。そして前バイトしてた店の先輩に呼ばれた。

    「新しい店で働くから手伝え。」

    やりたくないが手伝った。今度は自分の部屋がある。それだけで嬉しい。

    しかしそれも1ヶ月。その先輩の部屋に半ば強引に棲まされた。当時はあまり断れなかった自分。

    手伝ってた店もオーナーの女性と従業員が毎日喧嘩して皆段々と辞めて行った。

    最後に残った俺。月末に給料くれなかったから翌月の1日も出勤。半日働いた。

    そして金くれたから、そのままトンズラ。何の躊躇いも無かった。酷いオーナー。

    そのままその先輩のオッサンの家に住み続ける。和食屋のバイト辞めた後荷物置かしてもらってたし。

    しかしそのオヤジも仕事しないでフラフラしてるストレスなのか俺に八つ当たり。

    俺は出て行った。そのオヤジは「出て行くなら金払え。」と言って来た。

    そんな奴ぶっ飛ばせば良いと思っていたが、金払って縁切り。

    その後OVNIと言う日本人用の新聞で部屋を見つけた。しかし仕事は無いし金も無い。

    それでも住む所が先だ。イチかバチかだ。住む所決まった。そして仕事。

    SNCF St.Lazare駅付近に焼肉屋に目を付けた。

    電話等しないで迷わず入って行って「バイトしたい。しかしランチだけ。」と尋ねた。

    オーナーはその時は居なく2~3日後出直した。

    雇ってもらった。ココは良い。客はほぼ全員フランス人。嬉しかった。

    日本人の急かした感じとは違うしフランス語も話し練習になる。

    前の和食はオペラ座近くの日本の会社や免税店が沢山ある所。客はほぼ日本人ばかり。

    10時から半日働き夕方からフランス語学校。

    久しぶりの労働は心地よかった。終われば大好きだった学校。パーティーに行くような気分。

    とにかく人間最低の生活は出来るし学校通えるのは自分には最高の贅沢。

    3ヶ月位はそんな感情が有った。やはり直ぐ色褪せる。

    あの久しぶりの労働は自分の目標に向かって進んでいるプロセス。

    短い時間だからその後は自由。有効に使うかダラダラするかは自分次第。

    今思うと目標に向かって突き進んでいる自分に酔っていた。

    でもあの感覚は忘れられない。

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